映画館や劇場に足を運ぶときのワクワク感、作品を観た後の余韻、誰かと感想を語り合う楽しさ。鑑賞している時間に限らず、エンタメ体験をもっと広げていきたい──。東宝グループが2026年春にスタートした会員サービス「TOHO-ONE」には、そんな願いが込められています。
今回話を聞いたのは、「TOHO-ONE」の立ち上げを担い、現在も運用をリードする平松義斗さん。「TOHO-ONE」はどんな体験価値を届けていくのか、そして東宝グループで働く面白さとは何か。平松さんの原点を聞きながら、サービスの背景にある思いに迫ります。
映画、演劇、アニメ、買い物──東宝ならではのエンタメ体験をつなげていく
――「TOHO-ONE」は、どんなサービスですか。
これまで東宝グループでは、映画向けの「シネマイレージ」や、演劇向けの「東宝ナビザーブ」など、複数の会員サービスを展開していました。これらを一つに統合し、進化させたものが「TOHO-ONE」です。映画鑑賞や舞台観劇、オンライン通販、商業施設での買い物など、東宝グループのサービスで共通のポイントを貯めて、おトクに使うことができます。
とはいえ、「TOHO-ONE」は単なるポイントサービスではありません。私たちは「TOHO-ONE」を、「エンタテインメントとの出会いや楽しみ方そのものを広げるサービス」と位置付けています。
私たちが映画や演劇を通じて直接お客様と接することができるのは、作品を鑑賞されている時間に限られます。けれどお客様のエンタメ体験は、観る前のワクワク感、観た後の余韻など、もっと多様で、豊かな広がりを持っているはずです。
「TOHO-ONE」は、こうした作品鑑賞の前後の時間も含めて、エンタメ体験をシームレスにつなげようとつくったものです。例えば日比谷エリアで演劇を鑑賞した後、感想を語り合いながら、日比谷シャンテのレストランで食事を楽しむ、というように。
さらに、東宝スタジオのツアーや演劇の貸切公演など、東宝グループならではの体験も「TOHO-ONE」を通じて提供していきます。
グループ社員の気持ちは一つ、「お客様に喜んでいただきたい!」
――そもそも、なぜ「TOHO-ONE」をつくったのですか。
きっかけはコロナ禍です。これまで東宝グループは映画館や劇場といったリアルな場で、お客様に感動を届けてきました。しかしコロナ禍で休館を余儀なくされ、お客様との直接の接点が失われてしまいました。
こうした状況下で、どうすればエンタメの感動を継続してお客様に届けられるのか。東宝グループとして強い課題意識が芽生えるなかで、デジタルを活用してこの壁を突破しようと、TOHO Digital Lab.前所長の小早川靖典さん(当時、グループ経営推進部)を中心にグループ横断の有志によるプロジェクトが立ち上がりました。
「TOHO-ONE」の発想は、このプロジェクトから生まれたものです。映画や演劇など複数の会員サービスを統合すれば、変化の早い世の中に対応でき、新たなエンタメの可能性も広げられるはず。そうした考えのもと、実現に向けて動き出しました。
――グループでの大きな挑戦ですね。
映画、演劇などの各事業には、それぞれ大切にしている価値観がありますし、投資額が大きいため、当初、各部門や経営層からは、「本当に実現できるのか」「今これをつくる必要があるのか」といった消極的な声もありました。
新しい挑戦である以上、最初からスムーズに進められるわけではありません。だからこそ、具体的なイメージやビジョンを共有しながら、「TOHO-ONE」の必要性や可能性について、丁寧に対話を重ねることを心がけました。
私は長らく映画事業でキャリアを積んできたので、他の事業の人たちからは学ぶことばかりでした。幅広い事業を有する東宝グループの個性、そして何より、東宝グループで働く人の魅力を知ることができました。事業や業務は異なっても、東宝グループの社員には「エンタメが好き」という共通項があります。全員が心の底から「お客様が喜ぶことをしたい」と思っているんですよね。
同じ思いを持つ人たちが力を合わせれば、そこに大きな推進力が生まれます。実際、「TOHO-ONE」のローンチが決まってからは、関係者全員が「やるからには必ず成功させよう!」という気持ちで一つになりました。この爆発力こそ、東宝グループの強みだと思っています。
映画の原体験が、「TOHO-ONE」の力になった
――平松さんのキャリアの原点を教えてください。
さかのぼると、自分自身の映画体験があります。もともと映画が大好きで、学生時代は映画館でアルバイトをしていました。上映後、出口でお客様を見送るのですが、その時間がとても好きだったんですね。
友人グループやカップルが「面白かったね」と話していたり、お子さんがお父さんに目をキラキラさせて映画の内容を質問していたり。お客様が余韻を楽しんでいる光景がすごく素敵で、いつしか映画館そのものが好きになっていました。
「TOHO-ONE」の公式キャラクター、ちびONE
その後、就職先に映画館の運営会社を選び、TOHOシネマズでは18年にわたりマーケティングに携わってきました。いつも頭のなかにあった課題感は、映画館で過ごす2時間だけで感動を終わらせてしまうのはもったいない、ということ。映画という「非日常」を、お客様が過ごす「日常」にまで広げられないかと、ずっと考えていました。そういう意味では、映画館でのアルバイトが私にとっての「TOHO-ONE」の原点なのかもしれません。
――「TOHO-ONE」の立ち上げには困難も多かったと思います。何が原動力でしたか。
やらない理由はありませんでした。それが率直な思いであり、最大の原動力だったと思います。
エンタメの多様化やAIの台頭などにより、現状、5年後の未来予測すら容易ではありません。市場やお客様の変化がこれまで以上に速くなるなかで、その変化を誰よりも早く察知し、柔軟に対応できる体制を整えることは、東宝の成長にとって必要だと感じていました。だからこそ、お客様と直接つながり、その声に迅速に応えながら新しい感動をお届けできるプラットフォームが必要だと考えています。
映画や演劇が提供する「非日常」の体験を、お客様の「日常」のなかにまで広げていくことができれば、接点が増えて新たなビジネスチャンスが生まれ、エンタメのマーケットは広がります。「TOHO-ONE」は、その非日常と日常をつなぐ確かな鍵になると確信しているからです。
――ですが、信念を貫き通すのは簡単なことではありませんよね。
背景には、私自身が昔から大好きな映画の存在もあります。
『セント・オブ・ウーマン/夢の香り』という映画をご存じですか。1992年にアメリカで製作されたもので、私にとっては一番好きな映画です。
そのクライマックスで、アル・パチーノ演じる退役軍人がスピーチをするシーンがあります。主人公の青年を退学に追い込もうとする学校に対し、アル・パチーノはこんな内容の話をするんです。
「人生の岐路に立ったとき、多くの人はどちらが正しい道かわかっていても、もう一つの楽な道を選んでしまうことがある。青年は自分の信念を貫き、苦難の道を選ぼうとしている。大人はその青年の道を阻んではならない──」
このシーンが本当にカッコいいんです。当時、中学生でアル・パチーノにハマっていた私は、まさに中二病全開で「こんなカッコいいことが言える大人になりたい」と思い込んでしまいました。
「TOHO-ONE」も、ゼロからのスタートだったので、大変なことばかりでした。まさにこの映画のように“苦難の道”ではありましたが、TOHO Digital Lab.のメンバーは、とにかく良いサービスをつくろうと、信念を持って真摯に課題に向き合ってきました。
今、東宝グループはアニメやゲーム、IPビジネス、海外展開など、かつてない規模で進化していると思います。その変革のなかで、「TOHO-ONE」を通じて新たなエンタメの形に挑戦できることに、大きなやりがいを感じています。
お客様が集まる場所で、もっとエンタメが楽しくなる仕掛けを
――「TOHO-ONE」は今後、どう進化していくのでしょうか。
「TOHO-ONE」は、お客様が集まるプラットフォームを目指しています。たくさんの方々が集まれば、もっとユニークなことができるはず。例えば、映画や演劇の感想を語り合えるファンコミュニティをつくったり、外部の企業と連携してメディアを立ち上げたり、ポイントを活用したクラウドファンディング的なこともできるかもしれません。
ユーザーの方々には、「TOHO-ONE」を通じて新たなコンテンツと出会ったり、かつて好きだったコンテンツを思い返したりして、さらにエンタメを好きになってもらえたらと思います。
――平松さんの夢は何ですか。
「エンタメ人口」を増やしていくことです。
東宝グループのスローガンに「Moments for Life その時間が、人生の力になる。」とありますが、私自身、かつて劇場で味わった感動が原動力となって、今こうして「TOHO-ONE」に携わっています。だからこそ、エンタメには人の人生を動かす確かな“力”があると信じています。「TOHO-ONE」を通じて、「世の中にはこんなにも面白いものがあふれているんだ」というコンテンツの魅力を伝え、感動体験を拡張し、エンタメのファンを一人でも多く増やしていきたいと願っています。
「TOHO-ONE」はまだ産声を上げたばかりで、これからが本番です。ユーザーの方々のリアルな声やさまざまなデータを真摯に受け止め、新たなサービスの開発にとどまらず、東宝にしかできないユニークな体験へと結びつけていきたいと考えています。皆様の期待に応え、深く支持され続けるプラットフォームへと、育てていきたいです。