人前で話すのが恥ずかしくて、母の背中に隠れてしまう──。幼い頃の長澤まさみさんは、そんな少女でした。12歳で「東宝シンデレラ」に選ばれてから四半世紀。数々のヒット作で圧倒的な存在感を放ち続ける長澤さんは、華やかなキャリアの裏で、深く悩み、もがき、そのすべてを力に変えてきました。俳優という仕事に注ぐ真摯なまなざしと、人生を豊かにするエンタテインメントの力について聞きました。
恥ずかしがり屋の少女を動かした、あの日の「なぜ?」
――デビュー当時、俳優という仕事をどのように意識していましたか。
当時13歳だったので、正直よく覚えていないんです。ただ、「東宝シンデレラ」オーディションでグランプリをいただいたときのインタビュー映像を見返したら、デビュー後すぐに映画作品に出演する心境を聞かれて、「うれしいです。頑張ります!」と自分でも意外なほどはっきりと答えていたんですね。俳優業に向き合う意識は、その頃から強くもっていたのだと思います。
――お芝居への興味は、どこから?
子どもの頃からTVドラマが好きで、お気に入りの作品は毎週欠かさず見ていました。小学生のとき、学校に来た劇団の方たちが目の前でお芝居をしてくれた情景は、今でも鮮やかに覚えています。映像から人が飛び出すように見える演出があり、「どういう仕掛けなんだろう?」と、好奇心いっぱいに見入っていましたね。
という気持ちとは裏腹に、人前で話すのが恥ずかしくて、母の後ろに隠れて代わりに話してもらうような子で。表現することに強く惹かれるのに、自分にできるかは自信がない。そんな両極端な気持ちを、ずっと抱えていました。
「順風満帆」の裏で、20代の私はもがいていた
――早くから俳優としての才能を開花させてきました。
俳優の仕事に限った話ではないと思いますが、自分をどう操縦していくかって、難しいですよね。私は自分で言うのも変なのですが、根が真面目なんです。順序立てて理解しないと前に進めない。理屈が通ればステップを進めていける。理想の自分をイメージして、その方向へ進んでいくタイプなんです。
初舞台のときも、「舞台に立っている自分」がイメージできたから、挑戦しようと思えました。ほかの仕事も同じで、「できる」とイメージできたらやってみる。その積み重ねが、私の俳優人生をつくってきたのだと思います。
ただ、俳優は年齢を重ねるごとに、演じる役柄がどんどん変わっていく仕事です。自分が思い描く理想と、そのときの自分の実力、そして選んでいく道。その3つがうまく噛み合わない20代前半は、そのもどかしさに、ずっと苦しんでいました。
つらい時期の背中を押した、母の言葉
――20代前半は多くの人が進路や仕事で悩む時期でもあります。その壁をどのように乗り越えたのでしょうか。
私にとっても、あの頃はいわば就職活動の時期だったのかもしれません。幸運なことに、私は早くにやりたいことを見つけられて、周りもサポートしてくれました。でも「自分にとって仕事って何だろう?」と考え始めると、やはりいろいろな悩みが生まれてきますよね。
支えになったのは、私の芝居を見たいと思ってくださるファンの方々の存在。そして、母がくれた「一生懸命頑張ったら、仕事は裏切らないから」という言葉でした。頑張った分だけ、ちゃんと後から返ってくる。それならできるまでやり続けようと、つらい時期をくぐり抜けることができました。
――ご自身の「軸」のようなものが、そこで定まっていったのですね。
以前、ある先輩が「俳優の仕事の8割は運だ。」とおっしゃっていました。深く共感する一方で、私は、運は自分自身で育てるものでもある気がしているんです。
どれだけ誠意をもって、目の前の仕事に向き合えるか。どれだけ自分を信じてあげられるか。好かれるために「いい人」として振る舞うのではなく、誠実に仕事に向き合っていれば、必ずそれを見ていてくれる人がいるはずです。そうやって自分を磨き続けることで、運も、人とのつながりも、いい方向へ変わっていく気がしています。
演じたことのない役に挑む、自分との勝負
――お話の端々から、仕事に対するプロ意識の高さが伝わってきます。多くのプロが集う制作現場で、面白さを感じるのはどんな瞬間ですか。
映画やドラマ、舞台の現場は、作品ごとに色も空気も違います。そのメンバーだからこそ起きる化学反応があるし、そのチームでなければできないことがあります。
それぞれが専門性を持ち寄って、一つの作品を一緒につくり上げていく。それが総合芸術の素晴らしさですよね。だから、自分のルールにはないものだったとしても、相手を信じて受け入れてみる。そこから新しい発見が生まれてくるんです。
現場ごとに、毎回が勝負という感覚なのでしょうか。
一つひとつの現場を大切に臨んでいますが、俳優という仕事そのものを「誰かと、何かとの勝負」だとは思っていません。周りはよく俳優同士を競わせたがりますけど(笑)、一番を決める仕事ではないですから。
だからこそ、応援してくださるファンは本当にありがたい存在です。これまでの私を見てきてくれた人が、次はどんな役を見たいのかなと想像しながら、まだ演じたことのない役に挑む。自分にとっては、それこそがある種の勝負なのかもしれません。
作品は一つとして同じものはありません。だからこそ、ものづくりは面白いんです。私にとってゴールは、誰かよりすごいものをつくることじゃない。観てくださる皆さんに喜ばれ、長く愛される唯一無二の作品を届けること。その姿勢で仕事に向き合うことを大切にしています。ただただ必死ですね。
活気も、映画愛も。あのスタジオが教えてくれたこと
――デビュー当時から東宝作品と縁が深い長澤さんですが、東宝の撮影スタジオで印象に残っている光景はありますか。
建て替え前のスタジオが特に思い出深いです。今はもうありませんが、昔はスタジオに大浴場があったんですよ。ベテランの照明の方が、毎日お風呂に入っていて、ほとんどその方専用みたいになってるって教えてもらいました(笑)。食堂で食べるおいしいタンメンも楽しみでした。今振り返ると、昭和の映画づくりの熱気が、まだ少し残っていたんですね。
でも、あの場所の本当の素晴らしさは、映画を愛する人々がたくさん集まっていたことです。子ども心に「スタジオって、にぎやかな街みたい」と感じていましたし、撮影中も「ずっとここにいたい」と思うくらい、大好きな場所でした。
エンタメがくれる、人生を楽しむ力
――長くエンタメの世界に身を置いてこられた長澤さんにとって、その魅力は何でしょうか。
エンタメは人生に文化、豊かさを与えてくれるものだと思っています。古い映画を観ると、過ぎ去った時代の物語や生活を知ることができますよね。今ならAIを使えば簡単にできてしまうことを、当時の人たちは時間と手間をかけて表現している。そうした場面に出会うだけで、インスピレーションが湧いてきます。
映画そのものが一つの“言語”になる面白さもありますよね。例えば、幸せな場面を、「まるで、あの映画みたい」と、タイトル一つで言い表せて、誰かと情景や心境を共有できたりします。作品一つひとつに、それだけの力が詰まっているんです。作品と出会うたび、自分のなかの引き出しが一つ増えて、その深さが変わっていく感覚があります。
最近気づいたのは、自分が好きな映画などをアプリやデータボックスにストックしていくと、自分の好きなものが見えてくるということ。自分の趣味・趣向がわかって、自分自身を知るきっかけにもなるのかなと思います。
――俳優として、どんな未来を思い描いていますか。
以前、「俳優という仕事には定年がない」と言われたことが印象に残っています。年齢を重ねるごとに、その年齢だからこそできる役と出会えて、自分自身も作品を楽しみ続けられる。本当に素敵な仕事だなと実感しています。
エンタメを通して自分の「好き」をたくさん見つけていくと、「自分をどう楽しませて生きていくか」が見えてきます。そのエネルギーをくれることこそ、エンタメの一番の価値だと思っていて。私自身、これまでたくさんの作品からその力を受け取ってきました。だからこそ、今度は俳優として、その楽しさや豊かさを、あらゆる世代の人へ届けていけたらと思っています。